私と父とは、びっくりするほど気が合わない。好きな店、好きな音楽、好きな食べ物、好きな酒、好きなニュース番組、好きな芸能人、好きな映画、なにもかも趣味があわない。ほぼ正反対と言ってもいいだろう。実家のハードディスクレコーダの録画リストなど、ちらりと見るだけで目眩がする。「この時間帯で放映されていた全ての番組の中で、おそらくは最も見たくないもの」だけを一つ残らず丁寧に拾ったかのようなラインナップになっているからだ。
お互いに性格が合わないことはよく分かっているし、年齢も年齢なので、我々はできるだけ無駄な争いを避けるように努力している。それでも何かを言わずにはいられないのだろう。父は録画リストを再生するたび、「『またこんなものばかり見てる』ってお前から言われるんだろうけどな」と自虐っぽい笑いを浮かべる。私もいちいち「いや、それをあえて言うほど好戦的じゃありませんから」などと答える。
「でも、くだらないと思ってるんだろ?」
「まあ思ってないとは言いません」
「他に見たい番組があったか」
「いえいえ、いい年してホテル代がないから実家に寝泊まりしてる立場です。イヤなら見なきゃいいんですから」
「低俗な番組ばかりですみませんね」
「いえ、私は低俗なものが大好きです。あなたの趣味は低俗だと思いません、ただ私のかんに障るだけです」
「じゃあ消すか?」
「いえ、私も仕事が溜まってますから」
そんな会話をしている。いろいろあったので、いまはそれなりに気を遣いあう親子だ。
しかし今回は、その父娘がテレビを見ながらパーフェクトに同意を示し合うという珍しい場面があった。
「なんだこれ、くっだらねえな」
「わざわざ消しゴムはんこにした理由がどこにあるんでしょうかね」
「っていうより、これだったら水彩画とかイラストでいいだろ」
「そう思います」
「なんなら最初からパソコンで描けばいいよな?」
「おっしゃる通りですな」
「こんな何個も何個も彫って、何色も使うぐらいだったら、別の方法にするよな普通は」
「ええ。ましてハンコ使ってグラデーションをつけるって意味が分かりません」
「くっだらねえ」
「まったく異論ないです」
「昔は芋版みたいなのあったけどな。そういう味ないじゃん。ただのイラストだろ」
「彼女が名人のように呼ばれるのは納得いきません」
「こいつが最初に消しゴムをはんこにしたからじゃないのか?」
「いいえ。消しゴムはんこのパイオニアはナンシー関です。(画像検索をして)こういう作品がありました」
「これはすごい」
「すごいですよね」
「彫った感じがある」
「これこそが、はんこですよ」
「これの展覧会だったら俺だって見たい」
「もしも没後×周年の展示会が東京で開催されてたら、私もご一緒しましたよ」
というわけで、その消しゴムはんこのシーンを見ている間だけ、父と私の心がびったりと重なったのだった。我々が同じ意見を持ったのは、おそらく八年ぶりぐらいのことだったと思う。ありがとう、田口奈津子さん。