Encouraging Autonomy 2

前回の続き。

私が持っている「授業のスケジュール」とは別に、ディプロマを取得するために受けなければならないトレーニング(おそらくは一日の研修で修了証を貰えるもの)があると分かったので、さっそく学校のウェブサイトにログインし、難解な説明のページを読み返してみた。一覧になっていないので、いくつ取ればいいのかが良く分からないのだが、けっこう数はありそうだ。中には「食品安全管理法の一日コース」なんてものもある。私が取ろうとしている資格と、食品安全管理との関連性がまったく想像できない。

いろいろ不安になってきたので、翌日は学校のオフィスに寄ってアドバイザーに質問してみた。この学校では、最初から「相談する相手」が各学生ごとに決まっている。入学の手続きやら、入学試験やら、奨学金の申し込みやら、学生証に関する質問やらを相談する際、ぜんぶ同じ職員が窓口になる。説明が省けるから、その点は便利だ。

「こんにちはRさん、いま、ちょっといいですか」
「ああ、久しぶりですね。入学してからぜんぜん私のところに寄ってくれないから、ちょっと心配してました。授業はどうですか。楽しんでいますか」
「学習の内容は面白いです。刺激的です。しかし途方もなく難しいです」
「最初はそんなものでしょう。大丈夫ですよ。それで今日はどうしましたか?」
「このスケジュールに書いてある各カリキュラム『以外』の必須項目というものについてお尋ねしたいんですが、よろしいでしょうか」
「何でも訊いてください」
「ありがとうございます。えーと……まず、このコースを取っているクラスの学生が、どの研修をいつ取得すればいいのか、よく分からなかったのですが」
「それは一概に言えませんから」
「え」
「たとえば、あなたは来週の火曜日のNVCIに申し込みましたよね?」
「はい」
「あなたのクラスから、その日に参加するのは4人だけです」
「他のクラスメイトは?」
「いつもどおりの授業を受けます。授業のテキストは前日に渡されます。授業に遅れないように独学して。分からないところがあったらクラスの皆さんやインストラクターから教えてもらってください」
「みんなで一緒に受けないんですか? 人数に制限があるとか?」
「違います。この一日研修は、ご存じのとおり朝9時から午後5時までです。いつもの授業とは時間帯が異なりますよね。だから取れない人もいます。そういう人たちもいるので、年に数回の受講のチャンスがあります。でも、取れそうなときは取りましょう。そのほうが安全ですから」
「分かりました。じゃあ他の皆さんは今回スキップして、これからNVCIを取るんですね」
「それも違います」
「ひー」
「あなたのクラスにいる人たちは、全員があなたと同じ1月8日にコースを開始したわけではありませんよね。昨年の3月から、6月から、9月からコースを受けている人もいますから」
「そうだったんですか?」
「知らなかった?」
「知りませんでした。いや、なんか初日っから、やたら仲の良さそうなグループがいるな、ソーシャルスキル高いなと思ってはいたのですが」
「あなたと同じように1月からコースを開始した人は、クラス全体の1/3ぐらいしかいません。だから、すでにNVCIを終わらせた学生も多いんです」
「あーー。そうだったんですか」
「ご存じのように、あなたのコースは20のカリキュラムがあります。ほとんどのカリキュラムは2週間ずつ、一部は1週間ずつ。それを全て取得したあと2ヵ月の実地研修を終えたら卒業です。それぞれのカリキュラムは独立していて、順番はありません。だから入学した時期によって、学習する内容の順番が異なるんです」
「あーーー。納得しました。始めての授業なのに、やたらと専門的な言葉を使うグループがいて、予備知識ありすぎるだろ、こいつらなんなんだと思ってました」
「そうですね。彼らは他のカリキュラムを終えてますから、その内容を現在の授業に応用できるんです。彼らから教わることは多いでしょう、どんどん他の生徒とコミュニケーションを図ってください」
「はい」
「あなたのクラスには、3年前から参加している学生もいます。彼は家庭の事情が複雑なので、年に数ヵ月単位で出席できなくなります。だから3年かけて、少しずつカリキュラムの穴を埋めているんです」
「なるほど……しかし正直なところ、授業以外の研修を忘れそうで不安です。もしも取りこぼしがあったときはどうすればいいんでしょう」
「たとえば、もしも全てのカリキュラムを終えたときにNVCIを取れていなかった場合は、自治体が開催するワークショップに自分で申し込めば同じ資格を得ることができます。その修了証を学校に持ってきて、それから卒業ということになります」
「なるほど」
「あと、ここから先は複雑なのですが」
「まだ何かあるんですか」
「このディプロマを得るために必要となる条件が、ころころ変わるんです。政府の方針次第で」
「うわあ」
「たとえば食品安全プログラムは、少し前まで必要とされていなかったので、2016年に卒業した学生は研修を受けていません。あなたが在籍している間にも必須条件が追加されるかもしれません、あるいは減るのかもしれません」
「うわあ」
「すでに入りたい学校や施設が決まっているなら──組織によっては、それらの新しい条件を気にしない場合もあるでしょう。しかしあなたのプログラムは基本的に『公立学校への就職』を前提として作られているので、大半の卒業生は自治体の職員になります。あなたがバンクーバー周辺のいかなる自治体にも履歴書を出せるようにしたいのなら、それらの新しいものは必須条件です。しかし人によって学習の目的は異なりますから、自分で選択してください」
「はい」
「分からないことがあったら、いつでも相談してください」
「はい……あの、もうひとつ質問があります、学校とは関係ない質問なんですが」
「どうぞ?」
「そんなに条件がコロコロ変わったら、働いてる人は大変じゃないんでしょうか。たとえば2016年に卒業した学生は、食品安全なんて何も気にしなくて良かったわけですよね。いまの仕事に支障が出たりとかしないんでしょうか」
「あれ。初日のオリエンテーションで『生涯学習プログラム』のパンフレットを受け取りませんでした?」
「生涯学習……ああ、ああ、受け取りました。なんかあの、卒業してからも無料で授業を受けられるサービス」
「それです。もういちど読んでください。たとえばあなたが2018年12月に卒業するとします。あなたと同じコースを選択した2019年、2020年、2030年の卒業生は、おそらくあなたが学んでいないことを学ぶでしょう。卒業生は、その分の講義を無料で受けることができます」
「死ぬまで?」
「死ぬまで。あるいは私たちが倒産するまで」
「無料で?」
「テキスト代は別途になりますが受講は無料です。年ごとに受講できる時間の上限はありますが、1年に1カリキュラムぐらいなら充分です」
「なるほど……」

帰りのバスの中で、ひたすら唸った。
私は日本の専門学校に通ったことがないから、それと比較することはできないのだけれど。とりあえず日本の大学と比べるなら、いま私が通っているカレッジは、かなり異なっている。「みんなで一緒に同じところからスタートして、みんなで同じ内容の学習をする」という発想がない。それは学校にとって効率が悪いのではないかと思う。いろいろと混乱も招かれるだろう。しかし学生にとっては非常に都合がいいのかもしれない。

私のクラスメイトの1/3ぐらいは高校を卒業したばかりの若者なので、彼らの立場は日本の多くの専門学校生に近いかもしれない。しかし半分以上の学生は「転職のために、仕事をやめて勉強しなおすことを選んだ30代以降の人々」だ。そのほとんどが家庭を持っていて、子供もいる。彼らは少しでも自分の都合に合わせてフレキシブルに学びたいだろう。さらには就職する気などなく、ただ勉強したいだけの主婦もいる(このコースは少々特異な学習内容を提供しているので「我が子のために/親戚の子供のために」などの理由で受けている人もいる)。彼らには、「卒業したいのであれば非暴力的介入法のトレーニングを受けなければなりません」などと強要される筋合いがないだろう。卒業証書がいらないのなら別に受けなくて良いのだ。一見、ほったらかしすぎるようにも感じられるシステムだけど、何をいつ受講すればいいのかが分かりづらくて厄介だとは思うけれど、これはこれで理に適っている。

学生は毎日、学校のサービスにログインして、掲示板やら自分のスコアやら業界のニュースやらを見ながら、自分の置かれている状況に合わせて、いま自分が何をすればいいのか、どれに参加するべきなのかを自分で判断しなければならない。はっきり言えばクソ面倒くさい。そのかわり、判断に困ったときは自分のことを良く知っている担当アドバイザーに相談することができる。何らかの事情で取れなかったカリキュラムは、あとから取ってもいい。その気さえあれば、卒業したあとになっても新しい勉強ができる。

どっちがいいとか悪いとかいう話ではなくて。ただ、重んじている部分が違うだけなのだろうと思う。