Two Boys in a Class 1

IEP、という書類がある。いまの私が就きたいと考えている仕事には不可欠となるもので、簡潔に言えば「障害を持った一人の児童」だけのために立てられる学習プランの計画書だ。この計画書を定期的に作成して実行するのは我々(もしも就職できれば)の仕事なのだけれど、同じ児童をサポートしているチームの方々、すなわちクラスの教師や担当医、カウンセラー、両親などなどのメンバーにIEPを提出して全員の承認を受けなければ、その実行は許可されない。

先週、学校の課題で3枚の模擬IEPを書いた。

最初の1つは、学校側が設定した架空のサンプル児童「A君」のプロフィールを読み、彼のためのIEPを書くというものだった。このIEPを書くためには、まずA君のための「SMART(※)に則った最終目標」を3つ設定しなければならない。たとえば「A君の基礎的な学力を上げる」ではなく、「今年の8月までにA君がアルファベットの大文字と小文字をすべて書けるようにする」というような目標を3つ作る。そして、それぞれの目標に具体的かつ詳細な戦略を記し、その進捗を測定するためのスケジュールを設定した完パケのIEPを作れ……というのが課題の内容だった。このときサンプルとなった「AD/HDのA君」というのは、学習に大きな問題がない反面、学校生活をおくるうえで多くの問題を抱えているラブリーな児童なのだけれど。その資料に記された問題行動のほとんど全てが、あまりにも子供時代の自分と似通っていたため、色々と思うところがあって苦戦した。それでも最初の課題はどうにか数時間で終わらせることができた。

※SMART(明確、測定可能、達成可能、現実的、時間軸で区切られている)はカナダ人が大好きな法則なので、どこの学校でもだいたい教わるのではないかと思う。ちなみに私がこれを教えられたのは5回目だ。

問題は残りの2つだった。「まずは2人の児童のシナリオを自分で作れ。1人の障害はFASD(胎児性アルコールスペクトラム障害)、もう1人の障害はFASD以外にせよ。しかるのちに2人のための完パケのIEPを書け」というものだ。これが非常に厄介だった。

まず私には、障害を持った児童に関する基礎的な知識が足りない。FASDの原因や症状や傾向や対策に関する知識は、先々週の授業でさんざん叩き込まれたけれど、実際にFASDを持った児童に接したことがない。そんな人間の安直な想像だけで、一人の児童のリアルなシナリオ作りなどできるのだろうか。最初から非現実的なキャラクターを作り上げてしまったら、その子にとっての「現実的なゴール」など設定できるわけがないじゃないか。つまり、このシナリオ作りがプロジェクトの成功と失敗を分ける鍵になるだろう。そう思った。

しかし何から手をつけていいのかが分からない。困りはてた私は、近くの席に座っていた女性に、どうやってシナリオを作るつもりなのかを尋ねてみた。彼女は何のためらいもなく、「私は自分の子供をモデルにする。うちの子の友達にはFASDの子もいるし。そうするのがいちばん簡単だから」と言った。そうだった。この仕事に就こうとする人は、もともと家族や親戚や周囲に障害児がいるから関心を持った人も多いのだ。それでは参考にならないので、他の学生にも尋ねてみた。「僕は中学生のときのクラスメイトをモデルにするよ」「私は小学校のときのクラスメイトを参考にして、ちょっと書きやすくなるようにアレンジする」などの答えが返ってきた。

そうだった。ここにいるほとんどの学生は、カナダの義務教育を卒業している。ここには基本的に特殊学級がない。全盲などの特例を除けば、どんな生徒でも普通の学校に行く。だから、どのクラスにも障害児がいる。つまりみんなは「障害を持ったクラスメイトと一緒に育ってきた」のだ。残念ながら私には、その経験がほとんどない。

(続く)