初体験

本日の業務。翻訳 1/2本。以上。仕事はあまり進まなかった。しかし実りの多い日でもあった。

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これまで約20年間の私は、「購入から一年未満の PC におけるパーツ(あるいは本体)の故障」で、富士通、NEC、ONKYO、IBM などのサポセンと何度も戦い、常に悲しい思いをさせられてきた。全敗だった。私もサポセンの現場にいたから知っている。サポセンの人は最初から、「ほとんどの客は、くだらない設定ミスで『故障した』と勘違いし、勝手に腹を立てて電話をしてくるから面倒くさい」と思っている。そして、「本当に何か問題があったとしても修理して戻す、たとえ死んでも交換だけはしてやらない」という精神を剥き出しにして働いている。多くの人々がそうなのだろうと思う。

特に ONKYO のケースは最悪だった。起動後の画面の反応がおかしくなった(カーソルが揺れる、デフラグ画面のような模様が表示されるなど)→サポセンに電話して、不具合を伝えて商品を送る→「あなたの言う不具合は全く再現されませんでした」というコメントと共に送り返される→そんなバカなと思いながら電源ボタンを押したら、まともに起動すらしない(立ち上がった瞬間に落ちたり、落ちなかったりする)、というような往来を二度も経験させられている。このときは何週間も電話で戦った。しかしサポセンに繋がるまでの時間が長すぎるうえ、担当者が変わるたびに説明をするのも辛く、最後には疲れ果てて泣き寝入りしてしまったのだった。

だから私は、PCに不具合が出たら、もうおしまいなのだと考える癖がついていた。「さんざん時間と体力を絞り取られて、結局は何も好転しない」「たとえ修理されても調子がいいのは一瞬だけで、すぐに同じ不具合が出るようになる」「どうせ交換はしてもらえない」「さっさと買い換えるのが正しい」と。それでも ThinkPad X シリーズだけは、この10年ほどで一度もトラブルを起こしたことがなく、全面的に信頼していた。その信頼も今年の初夏に途絶えた。どこも信用できないのだ。調子が悪くなったら終わりなのだ。

しかし今回の Pro 3 は、 4 か月前に税込 13 万円で購入したものだ。さすがにあきらめがつかないので、一応は修理に出そうと決めた。とはいえ、いまメイン機を修理に出して別の PC を購入してしまうと、「旅行前に仕事を一気に片付けたいタイミング」で業務に支障が出る。それは困るので、とりあえず現在のマシンでも Wi-Fi 接続ができるように USB Wi-Fi を購入し、なおかつ、ちょうどいいものがあれば300ドル台のサブマシンを買い、旅行から戻ったあとに修理を頼もうと決めた。

というわけで、ダウンタウンの PC ショップで USB Wi-Fi を手に取り、ついでに安いラップトップなど物色していた私は、いきなり店員のお兄さんに話しかけられたのだった。「そのあたりの PC をご検討でしたら、どれも USB Wi-Fi は必要ないですよ?」と。

「違うのです。かくかくしかじかで、踏んだり蹴ったりです」
「なるほど。それはドライバの設定がおかしくなってるんじゃないですか? よく報告される話ですが」
「いえ、それはないです。何度も確認していますので」
「そのマシンを持ってますか? 見せてください」
「……ええ、まあ、いいですけど」
「あれ、セキュリティの人ですか?(ごてごてのステッカーを見て)」
「その分野で仕事してますが、セキュリティの人ではないです」
「そうですか。ああ、しまった、日本語環境だ。少しは想像できるけど(たぶん、お兄さんは中華系の人)」
「英語環境にしましょう。よいしょっと」
「ありがとう。これで分かるようになりました。ほうほう、なるほど、うむうむ。これは奇妙だ」
「ね、ハードウェアでしょ?」
「どこで買いました?」
「×× で」
「あそこの一年保証のサポートに持って行ったら時間がかかります。工場と店を往復するだけで 2 週間かかる」
「そうですか」
「幸いにも、BC州に 2 軒しかない Microsoft ショップの 1 軒がすぐそこにあります。ここから徒歩 1 分です。せっかく英語環境にしたんだから、いま持っていきましょう。そこをまっすぐ行って、左に曲がって左側です。あの人たちは話が早い。その場で見てくれる」
「ご、ご親切に、どうも」
「帰り道、ここを通るようでしたら僕にも結果を教えてください」
「必ず教えます」

そして私は、さっそく Microsoft ショップに乗り込んだのだった。名前を聞かれて 5 分後、係員のお姉ちゃんに握手され、「何か困ってますか?」と尋ねられる。

「かくかくしかじかです」
「じゃあ、ちょっと見せてください……えーと、普通に Wi-Fi 接続できますけど」
「なにぃ?」

私は画面を見た。本当に繋がっている。さっきまで PC ショップのお兄さんの前では普段どおりだったくせに、Microsoft の実家に戻ったとたん、いい子のふりをするのか。なんてやつだ。上等じゃないか。

こういうことは、ある。そうなのだ。さっきまでおかしかったものが、揺らされたり、動かされたり、私の手を離れたりしたとたん、正常に動いたりすることはあるのだ。そう。自宅から工場に PC を送ったら、「不具合が発生しません」と二度も送り返されたりしたときのように。あれはきっと、本当に再現されなかったのだろう。

「それでも一応、こちらで預かってドライバを確認してみましょうね、そのあとマルウェアのチェックを行って」
「ちょ、あの、ちょっと待ってください」
「はい?」
「昨日も一瞬だけ正常に動いたんです。その 1 分後には接続できなくなりました」
「そう言われましても」
「私に 3 分だけ、いや、1 分だけ私にください。このまま私と一緒に、ここに 1 分だけ座ってください、きっとおかしくなります」
「それは構いませんが」
「ありがとうございます。ところでどうですか、Surface Pro 4 は」
「もう、めちゃめちゃ評判いいですよ (以下、いろいろな売り文句を数十秒に渡って語り続ける)」
「(まったく聞かずにモニタを凝視している) ああっ! 見てください! ほら、見てください! Wi-Fi 接続ができなくなった! ほら!」
「あら」
「いま、この状態で確認してください!」
「あらあら」
「……」
「なにこれ(眉をひそめながら操作する)……なるほど、通信デバイスが消えますね、どう見ても」
「でしょ!? ハードウェアの故障でしょ?」
「……ふむ……(イーサネットに接続し、しばらく様々な操作をする) たしかに壊れてます」
「おお! じゃあ、すぐ修理してもらえますか?」
「修理はできません。丸ごと交換です」
「おおお!」
「しかし、これと全く同じモデルの在庫がありません。発注をするのと同時に、ユーザー変更の手続きをさせてもらいますので、一週間ほどお待ちください」
「ああ……そうですか……それまでは安い PC を買って使うしかないですね」
「いえ、これはお持ち帰りください。新しいのが来てから交換しましょう。それが来るまでは、Wi-Fi 接続デバイスの内蔵されていない Surface として使ってください」
「まじですか」

というわけで、私の手元には「少しだけ壊れたマシン」が残され、もうちょっと待てば新品が届くという、願ってもないパターンになったのだった。実際にモノを見せる→目の前で検証してもらう→「ああ、これは壊れてます、修理も不可能です。交換しましょう」と判断される、そんなタイムラグのない応対をされたのは初めてのことだった。本気で感動している。いかん、このままでは Microsoft のファンになってしまいそうだ。

そうなのだ。サポートの人と会話をして、こちらの要求や説明が受け入れられない時間というのは、「こちらがバカだと思われている」「こちらが嘘つきだと思われている」「こちらがクレーマーだと思われている」という不安や悲しみとの戦いになるのだ。それが回避された。「ユーザーの言い分がおかしいのではなくて、商品のほうがおかしい」ということが、あちらに認められたときの嬉しさというのは、なにものにも代えがたいような種類のものだった。ああ、本当に嬉しい。世界って素晴らしい。

ほくほくと店を出て、USB Wi-Fi を購入するべく最初の店に戻ったら、さっきのお兄さんがいた。

「どうだった?」
「交換になりました」
「新品と? 良かったね! 修理だと、結局は何度も同じ修理をすることになったりするんだよね」
「まったくです、ありがとう、あなたのおかげです」
「でも交換ってことになると、ステッカーを捨てるのが残念だな」
「わずかな犠牲ですよ」
「これ、ヘアドライヤーで熱するといいですよ。これとか、こっちのは難しいけど。これとか、これとかは熱でシールが溶けて剥がれるはずです。精密機器にドライヤーを当てるのは怖いけど、どうせ交換するんだから、やっちゃいましょう」
「……う、うん、そうですね。そうします(本当はドライヤーなど持っていないのだが、相手がいちいち有能すぎることに驚き、もう勢いだけで頷いている)」
「じゃあねー」
「じゃあねー。いや、『じゃあね』じゃなくて USB Wi-Fi をください。あと USB ハブも買います」
「ああ、そうかそうか。仕事中だった」

この兄ちゃんには本当に助けられた。たまたま今日、この人が店にいてくれて良かった。いろいろと不運だと思うことも多いけれど、たぶん私には、何らかの形で帳尻を合わせるようなタイプの運がある。そういうことにしておこう。