月曜に某社の方々とお会いしたあと、円山町で映画を見る予定だった。でも映画はやめた。「ああ、それは絶対に無理ですよ、取り返しのつかないことになりますよ」と身体中の細胞が私に告げていたからだ。眠気が異常だった。どうしようもなく腹が痛かった。目眩がひどかった。生涯反抗期の中年でも、ここは素直に帰るべき場面だなと思った。
というわけで平日の夕方、ふらつきながらバスに乗り、よろよろとバスを降りて歩いた。そんな私のすぐ近くを、小学校低学年ぐらいの2人の子供が、私と同じぐらいのスピードで歩いていた。彼らは片手のこぶしを上下に揺らして、じゃんけんのような動作をしながら「はーむーすーたーあ!」と声を合わせていた。ハムスター。私の知らない遊びだ。「いっせーのー、2!」みたいな指遊びだろうか。しかし片手しか使っていない。どんなルールなのだろう。
「はーむーすーたーあ!」
とても気になる。しかし人相と顔色の悪い中年女が、下校中の小学生を凝視していたら通報されかねないので、なるべく不審者に間違われぬよう、ちらりと目を向けてみた。どうやら彼らは、なんらかの膠着状態で「ハムスター」を繰り返しているようだ。ちょうど
「はーむーすーたーあ!」(じゃんけんぽん)
「はーむーすーたーあ!」(あいこでしょ)
「はーむーすーたーあ!」(あいこでしょ)
というような感じで、2人はこぶしを動かしながらハムスターの呪文を唱えている。しかし4度目のハムスターで場が動いた。分かりやすくなるように、最初のハムスターから記しておこう。
「はーむーすーたーあ!」(じゃんけんぽん)
「はーむーすーたーあ!」(あいこでしょ)
「はーむーすーたーあ!」(あいこでしょ)
「はーむーすーたーあ!」(ここで膠着が溶けた)
「ちんこ!」
最後のかけ声と同時に試合が終わったようで、2人はゲラゲラと笑った。
いや、聞き間違えだったのかもしれない。しかし私には、そのようにしか聞こえなかった。彼らは「ちんこ!」と叫びながら、これまでとは少し異なった動作で、なんらかの勝負を仕掛けていた。それが、この遊びの第二段階であり、また勝敗を分けるフェイズであるらしい。つまり「叩いてかぶってじゃんけんぽん」に喩えるなら、ハムスターはじゃんけんのパート、ちんこはピコピコハンマー(あるいはヘルメット)の動作にあたるパートなのだろう。しかし、よりにもよって
「……ちんこ?」
体調不良でふらふらしていたせいもあってか、私は「疑問点」をそのまま口に出して呟いていた。子どものひとりが振り返って私を見る。これはまずい。完全に通報される。私はあわてて子供たちから離れ、小走りで帰路についた。
どうにか実家まで辿り着いて、しばらく布団に潜って寝込んだあと、熱を測ったら38℃だった。完全にやられていた。そのあとガッツリ寝たおかげで、いまはもう大丈夫なのだけれど。ただひたすらハムスターのことが気になって仕方ない。どんなルールなのか。ちんこ以外にどんなかけ声があるのか。どうやって勝敗を決めたのか。いくら検索しても、それらしい情報は一向に見つからない。
あれは熱で脳が誤作動を起こした人間だけに聞こえていた幻聴だったのだろうか。どこからが間違いだったのだろうか。そもそも私は最初から、そんな小学生を見ていなかったのだろうか。すべてが布団の中でうんうん言いながら見た夢だったのだろうか。とても不安なので、なにかご存じの方がいたら教えていただきたい。どんな小さな情報でもいい。「似たような遊びを知っていますが、ちょっと間違ってますよ」ぐらいの話でもいいので、どうか教えていただきたい。