Preference

私が幼児の頃、私の自宅にはアリスのアルバム(レコード)がぜんぶ揃っていた。おそらく父がファンだったのだろうと思う。おかげで私は、おそらくカラオケに入っているようなアリスの楽曲なら、だいたい歌うことができる。

当時の私は、レコードを再生するのが大好きだった。なるべく雑音を立てないように針を落とす動作が、ものすごく格好いいと思っていたのだ。私の母は、自分で何かをやりたがる子供に対して「もうちょっと大きくなってからね」などとは決して言わない女だったので、小学校に入る前の私に、カッターでも包丁でも彫刻刀でも持たせてくれたし、レコードのかけ方も盤面のホコリのとりかたも丁寧に教えてくれた。

そんな母から尋ねられたことがある。「アリスの曲の中で、どれが好きなの?」と。
幼い私は、何の迷いもなく答えていた。「『僕の想うこと』がいちばん好き」
その回答に不満を覚えたのか、母は質問を変えて尋ねた。「谷村新司と堀内孝雄なら、どっちが好き?」
私は答えた。「きんちゃん(矢沢透)が好き」

いま思うと、あの瞬間から母は、娘の私について、いろんなことを本格的にあきらめてくれたのではないかという気がするのだ。

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ちなみにいまでも、あれが一番いい曲だと思っている。わざとひねくれて言っているのではなく、本当にそう思っている。あの、気を抜くと振り落とされそうなメロディラインも、奇妙な歌詞の展開も、単語の区切れ目も好きだ。特に「考えてもみてよ その時のこと」以降の歌詞とメロディのマッチングは凄いと思う。中年になった現在でも、たまに口ずさむことがある。