Doubly Sure

事情があって今週末に日本へ行くことになったけれど、あまりいい話でもない。そんなときに大家さんと派手な口論をしてしまい(もちろん最大の原因は犬だ)、どうにも関係を修復できそうにないので、転出をしなければならないのかもしれない。バンクーバー近辺の家賃は上がり続ける一方だ。もはや1000ドル以下で暮らせる部屋など滅多に見つからない。こんなことになるのなら、あの怪しい地下室(駅から徒歩10分圏内、700ドル)から転出するべきではなかった。いや、それは言うまい。こんな私の人生に、ほんの一瞬でも犬がいてくれた。それだけで全てがオッケーだ。

現実が厳しすぎると感じたとき、ついつい習慣でTwitterを見てしまう。私のいなくなった場所で、何も起きていないかのように、私の知っている方々が仲良くハートを飛ばし合っている。「僕だけがいない街」というのは、Twitterのことなんじゃないかな。いや、それタイトルしか知らないんだけど。

見なければいいのだ。見ても何もいいことはない。しかし習慣で見てしまう。自分が持ちあわせた「人間関係の構築スキル」の乏しさ(実生活でもオンラインでも)を改めて確認する。この人たちと比べても、私は圧倒的に一人ぼっちだなと思う。圧勝だ。君たちの孤独なんて足下にも及ばない。なにやら懐かしい疎外感だ。なにが懐かしいのかは、よく分からない。

「あんたがいなくなったら、もうTwitterなんてどうでも良くなったよ」というようなことを言ってくださったうえ、本当にツイートしなくなってしまった若干名の方には、たいへん申し訳なく思っている。それと同時に心の底から感謝している。いまの私は本当に、あなたのお世辞によって生かされている。大げさな表現ではない。あなたに生かされている。でも、もうちょっとだけ器用に生きたほうがいいんじゃないかとも思う。大きなお世話だよ。

これから学生ローンの申し込みを済ませるために出かける。私は車であろうと家であろうと、先に金を貯めて前払いしなければ何も買えない人間なので、本当は学費も一括払いしたかった。それでもいまは、あえてカナダ政府が提供している学生ローンに申し込んでおいて、完全に通学が終わったタイミングで、利子(すごく安いんだけど)が発生する前に一括払いさせてもらう形で話を進めている。借金が死ぬほど大嫌いなのに、なぜ先に払ってしまわないのか。このローンを組んでおけば、唐突に学校が倒産したり、唐突にディプロマ制度そのものが消えてしまったり、唐突に戦争が始まって通学どころではなくなったり、唐突に法律が変わって日本人が強制送還されてしまったりした場合、私は一セントも支払わなくて済むからだ。でも先に払ってしまったら、なにも戻ってこない。

いまの私が狙っている業界は「学校で教わることがほとんど役に立たない。どこの学校に行っても同じ」だと言われている。職場のケースによってあまりにも業務内容が違いすぎるからだ。たとえば、その資格を得るためには米国標準の手話が必修になるけれど、ほとんどの職場では手話が必要とされないので、みんな卒業後の数年で忘れてしまう。学校で得られるのは資格だけ。あとはとにかく実習あるのみなのだそうだ。だから私も、学ぶためではなくディプロマひとつを得るために通学しよう、と割り切っている。したがって、それが手に入るまで私は一セントたりとも払わず、卒業と同時にニコニコ現金払いをしようと決めている。こういうところが、徹底してケチだ。