Cowboy Cat

ちょっとした事情があって、最近は地元の公立小学校の子供たちと交流を持つ機会が増えている。

もともと私は子供が好きではない。子供が欲しいと思ったことはないし、子供の笑い声を聞いて幸せになるといった回路も持ち合わせていない。自分が子供の頃から周囲の子供たちが苦手だった。ワガママでお喋りでお調子者で、すぐに感極まって叫ぶところが苦手だった。できるだけ大人と接していたかったから、休み時間は職員室に入り浸りがちだった。しかしどういうわけなのか、いま私が関わっている小学生たちは感じのいいやつばかりで、とても居心地がいい。一言で言えば「とにかくナイスなガキ」ばかりなのだ。もちろんカナダの子供が全員そうだというわけではないだろうけど。私が関わっている子供たちは皆、適切な距離感を上手に保ちながら、怪しげな中年東洋人の移民とフレンドリーに接してくれる。子供のくせに、心配りが大人っぽいのだ。日本の大人より大人じゃないのかと思うぐらいに。

しかし相手は小学生なので、脈絡のない話をされることも多い。「え、なんでいまそういう話になった?」と戸惑う機会も多々ある。ただでさえ「子供が早口で喋る英語」というのは、私にとって決して聞き取りやすいものではないので、かなり集中して真剣に耳を傾けなければならない。それなのに話自体があっちこっちに転がっていくから、ときどき本気で混乱する。とはいえ最近では、そういうのもスリルとして楽しむぐらいの余裕ができてきた。

先日、たまたま目のあった子供から算数の宿題を見せられて、「分からないことがあるんだけど」と言われた。その宿題を見ながら、私が不等号について説明している最中、彼は「ああ、ちょっと待って」と言って荷物をごそごそと漁りはじめた。そして一枚の紙を私に差し出す。そこにはネコの顔が描かれている。キティちゃんのような輪郭。黒いつぶらな目。「ヘ」のような口。やや不親切な表現を用いるなら、ながいけんの「ラスカル軍団」のキャラクタに少し似ている。

「これ見て」
「これは……何の絵だろう」
「カウボーイ・キャットだよ」
「カウボーイ・キャット……というのは、何かに出てくるキャラクタの名前?」
「ううん、僕の創作。どこかに似てるのはあると思うけど」

私はしみじみと、その絵を見た。無表情ながらも存在感のあるシンプルなネコが描かれている。その下にはアメコミ風のポップな文字で「COWBOY CAT」と分かりやすく書かれている。より正確に記すなら、Bの字が左右ひっくり返っている。これはきっと「トイザらス」のRみたいな遊びなのだろう。それは別にいいとして、私にはどうしても気になることがあった。はっきりと明快に「カウボーイ・キャット」だと書かれているにも関わらず、そこには帽子とか、ブーツとか、焚き火とかは描かれていないのだ。つまり、どこにもカウボーイ的な要素が見当たらない。

「このネコは、カウボーイなのかい?」
「そりゃそうだよ、彼はカウボーイ・キャットなんだから」
「彼は帽子をかぶらないのかな」
「ちょうど脱いでるところ。カウボーイだって帽子は脱ぐでしょ」
「まったくだ。君は正しい」

そこには記号的なカウボーイらしさがない。しかし言われてみれば確かに、そのキリっとした口元が、どことなくカウボーイ・キャットらしいような気がしてきた。いや、そもそもカウボーイ・キャットとはどういうもので、何をするものなのかは少しも分からないのだけれど。妙な味と説得力が滲み出ている。

「どう?」
「すごくいい」
「本当?」
「なんでか分からないけど、これは好きだ」
「やったー」
「ネコをカウボーイにしたのも、たいへん理に適っていると思う。イヌは警官っぽいけど、ネコはカウボーイのほうが似合う」
「そこまで考えてなかった」
「そうか」
「また描いたら見せるよ」

彼はカウボーイ・キャットの描かれた紙を丁寧にしまうと、荷物を背負って走り去った。彼の名前は知らない。次に会ったとき、他の子供と見分けがつくかどうかも怪しい。だけどカウボーイ・キャットだけは覚えたから、あの絵とロゴは忘れられないぐらい脳裏に貼り付いたから、たぶん大丈夫だろう。うん。子供と友達になれるのは、なかなか面白いかもしれない。カナダには本当に親切で優しい人が多いけど、何の脈絡もなくカウボーイ・キャットの絵を見せてくれるような大人は一人もいなかった。こういう唐突な出来事は楽しいものだ。そんなことを考えているとき、担任の先生に話しかけられた。

「ここに慣れてきた?」
「はい、少しずつですが」
「さっき○○に捕まってた?」
「ああ、あの子は○○というんですか。実は名前を訊くのを忘れてしまって」
「あの子、ちょっと文字の認識に問題がある子でね。四年生なんだけど、いまだにDとかRとかを左右反転で書いてしまうことが多くて。そのせいなのかどうかは知らないけど、どうも不等号の問題が分からないみたいで」
「あ」

そういえばさっきも、あの子から不等号の問題について尋ねられていたはずなのに。私は「カウボーイ・キャット」の趣深さに感心したせいで、完全にそれを忘れ去っていた。なにも助けないまま帰宅させてしまった。大人として恥ずかしいと思う。