(今回の更新内容は非常に分かりづらいうえ、一部の知人向けとなっておりますので、申し訳ないのですが、分からなかった場合はあきらめてください)
もうすぐバンクーバーの小学校と高校で二ヶ月の教育実習が始まる、という厳しいスケジュールではあったのだけれど。どうしても我慢できなくなったので、学校に頼み込んで試験を先に受け、数日分の課題を提出し、弾丸帰国の日程を組んで東京まで来た。
なにしろ直前の予約だったから、東京行きの飛行機は朝6時過ぎのバンクーバー発サンフランシスコ経由便しか取れなかった。そんな早朝に自宅から空港まで辿りつくことはできないので、前日の講義が終わったあと深夜バスで空港に向かい、受付時間外のカウンター前のソファで夜を明かした。けっこう寒かった。
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これだけ頑張って東京に辿り着いたおかげで、どうにか本来の目的は果たすことができた。私は、どうしても岡本さんの遺族の方にお会いしたかった。どうしてもお伝えしておきたいバカな話があった。それを伝えられただけでも御の字だったのに、驚くぐらい親切にしていただいて本当に嬉しかった。
しかし、もう一つの夢は叶えることができなかった。
私は今回、あの人物に会って、四年前からずっと気になっていた『あの件』について尋ねたかった。私が岡本さんについて考えるとき、どうしても『あの件』のことが引っかかって仕方ないのだ。悲しい事実を知ることになっても構わないから、そろそろ本当のことを教えてほしい。そして返答次第では、いきなり初対面で相手を罵倒したい、という密かな野望を私は抱いていた。
あの人は、すぐそこにいた。シラフで話しかける勇気はなかったから、震える手でボトルを傾け、ひたすらアルコールを煽った。しかし結局、あの人のあとを追うことすらできなかった。私は本当につまらない人間だ。ダメな人間だ。わざわざ太平洋を越えてきたのに何もできなかった。どうしようもない愚図だ。ここぞというときに動けない役立たずな中年だ。標的は、そこにいたのに。さんざんイメトレしたのに。前日の夜には「幻の湖」を見たばかりだったのに。しかも「たまたま水際のレストランで見かける」という素晴らしい環境だったのに。なぜ、あの人を追えなかったのだ。どうして走らせてもらえなかったのだ。私にはシロがいないからだろう。たぶん二度目のチャンスは来ない。こうなったら琵琶湖でソープ嬢になるしかないのかもしれない。それはさすがに無理だろう。もう40代だし。
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自分のふがいなさに悶々としながら電車に乗ってたら、映像温泉芸社のK氏から飲酒のお誘いをいただいたので、秋葉原で待ち合わせをして飲んだ。そのまま閉店の時間まで安い日本酒やハイボールなど飲みながら、大雑把すぎるクダ(主に橋本忍と自主制作映画に関する賛辞や罵詈雑言)を巻きつづけたあと、新宿のカプセルホテルに戻って寝た。
たまたまではあったのだけれど。その居酒屋には、今年の年末に岡本さんと行くはずだった。「立ち上げのお祝いってことで、次回は私が奢りますから」と約束していた激安居酒屋だ。揚げたてのアジフライに、やたら大きな竹輪の磯辺揚げを足しても240円。しかも千切りキャベツがついてくる。世の中は狂ってる。
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ところで私は、いまだに岡本さんの不在を認めることができない。岡本さんの死を偲ぶために大勢の人が集まっている、という様子を見ても同じだった。どうも私の世界観には合わない光景だなとしか思えなかった。本人の生前の写真をどれだけ見せられてもピンとこない。なにしろ私にとっての岡本さんは「ほとんど声と文字ばかりの人」だったから、そのような写真を見ても現実を思い知らされたりはしないのだった。
会場では、数名の方々とお話させていただく機会があった。心の優しい方ばかりで、「ここでライターをやめてしまうのは、もったいないですよ」とか「また書いてください」などといったお世辞まで言っていただいた。あきらかに気を遣われていた。申し訳ない気分になった。
しかし私は「岡本さんがいないと書きたくないんです」だの、「他の人と仕事できないんです」だの、「興味も沸かなくなったんです」だの、「ぶっちゃけ日本のサイバーセキュリティなんか、もうどうなったっていいぐらいの気分になりつつあります」だの、「もともと才能もないのに、岡本さんの口先だけの褒め言葉に騙されて書いてたんです」だのと、まるで幼稚園児のような駄々をこねては酒を飲み続けた。
それは岡本さんを呼び出す儀式だった。
すっかり中年になった貧相な女が、これだけみっともなくふて腐れていれば。これだけ目も当てられないような痛々しい姿を晒して、まるで空気を読まない、会の主旨に合わない行動を取っていれば、見るに見かねて岡本さんが登場するはずだった。岡本さんは気配りの鬼だから、ライターを守るためには何でもする人だから、とりわけ愚かな人間に優しい人だから、こんな悲惨なシーンを見過ごせるわけがないのだ。岡本さんは「もー、分かりましたから、江添さん、もう分かりましたから。飲み過ぎですよね、いったん落ち着きましょう?」とか笑顔でフォローしてくれるはずだった。私の頭にテーブルクロスでもかけて、店の外まで引きずり出してくれるはずだった。しかし何べん同じような駄々をこねても、どれだけみっともない飲み方をしても、岡本さんは一向に登場してくれない。召還に失敗した私は、ただの恥ずかしい酔っ払いのおばちゃんだった。
ひょっとしたら本当に岡本さん死んでるんじゃねえのと思った。急に怖くなった。でも大丈夫だ。万が一、岡本さんが本当に亡くなったのだとしても、私はいくつかの逃げ道を脳内に用意しているから。パラレルワールド説とか。タイムマシンの分岐ルートとか。
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そういったわけで。私のような無名の糞ライターが、皆様のような立派な方々に対し、ふて腐れた態度を示してばかりで申し訳ありませんでした。たぶん、どなたも読んでいらっしゃらないと思いますが。
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ご遺族の方から、二つのサプライズ遺品を頂戴した。「妖怪ハンターヒルコに関するもの(詳しくは書けない)」を私にくださった理由は分かるし、その心配りは本当に嬉しかったのだけれど。もう一つのものは「これ、人にあげちゃダメなやつなんじゃないでしょうか」と思った。ちょっと怖じ気づいた。
それでもありがたく頂戴した。頂戴したって言っても、これは次に会うときまで預かるだけだ。
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私は岡本さんの死から何かを学ぼうとは思わない。学ぶつもりがない。彼の死を無駄にしてはいけないとか少しも思わない。むしろ積極的に大雑把でデタラメな生き方をしようと強く決心している。ここであんまり頑張ってしまうと、岡本さんが刺される前の分岐点に戻れるようになったとき、ぜんぶ無駄になるのが惜しいからだ。いま私がいるのは「おまけルート」なので、ここから先は、本命ルートを歩んでいるほうの自分に頑張ってもらいたい。
明日の飛行機でバンクーバーに帰る。