ハチドリ大作戦(その 2)

前回 のつづき】

サラピキの森にある La Selva Biological Station に到着した私は、美しい森のトレイルを徘徊しながら、初めて目にする熱帯雨林の生物たちの姿に大興奮していた。ずっと憧れてきた国で、あきれるほど多種多様な生き物が暮らしている。注意力の感度を上げれば上げるほど、見える生物が増える。ハキリアリが行進し、ホエザルが吠え、イグアナが昼寝をしている。もちろんハチドリたちも飛び回っている。コスタリカ行きを決めたときから、La Selva には大いに期待していたのだけれど、その期待を大きく上回るような濃厚な環境に、私はすっかり感動していた。

しかし、この場所で生物の撮影をするのは厳しそうだということにも、すぐに気づかされた。この数年間で訪問した北米・南米のフィールドと、サラピキの森は大きく異なっていた。まず、私が予想していたよりも「雨季の熱帯の森」は暗かった。たとえ太陽が顔を出しても、頭上高くまで茂った草木が日光を遮ってしまう。見上げる鳥の姿が、「緑をバックにしているにも関わらず、肉眼でも色が判別しづらいほどの逆光」になることも多い。さらに枝葉がぎっしりと密集しているので、すぐに撮影対象のイキモノが隠れてしまう。なんとか枝越しに撮影しようとしても、ごちゃごちゃしていてピント合わせが厳しい。さらに木漏れ日と影のコントラストが強いので、いろいろ計算が狂う。ついでに言えば、土砂降りのときはカメラを外に出せない。

それでも充分に時間があったおかげで、ちょっとはマシな写真も撮れた。そちらの「少しうまいこと行ったほうの例」は別の機会に御披露するとして、今回はあえて、「無残な失敗例」のほうだけをお届けしたいと思う。やだ恥ずかしい。でも見て。

s-P1030939

この緑のカーテンの向こうに太陽がある。だから測光の位置を少し誤ったり、あるいはスポットAEの反応を待てずにシャッターを押したりすると、すぐ被写体は黒く潰れる。(中央に Crested Guan がいます。心の目で見ましょう)

s-P1040451

こちらは、ちょっと開けた明るい場所。しかし、いたるところから枝葉が伸びて重なっているため、たとえ AF エリアを最小にしてもピント合わせが難しい。(小学生みたいなコメントだ)

実際にカメラを出してみると、予想以上に困難な状況だった。しかし悲しくはなかった。なぜなら私は、この森に足を踏み入れた瞬間、真っ先に「これは……NHK が撮るやつだろ」と感じていたからだ。このサラピキの森は、最新の超高性能な機材を山ほど背負った一流のカメラマンたちが、何日もかけて撮影するようなロケ地にあたる場所だと思った。つまり、子供の頃にわくわくしながら見てきた数々の動物番組の舞台だ。そのような聖なる地で、私ごときが「よい写真を撮ろう」などと考えるのは、あまりにもおこがましいと感じたのだ、幸いなことに。

綺麗な画はプロの撮影班に任せよう。それは私が関与することではない。私はコンデジしか持っていないシロウトなのだから、美しい写真など撮れなくていい。いまは「ダーウィンが来た!」の撮影現場に潜り込んだかのような雰囲気を好きなだけ楽しめばいいのだ、大事なのはライブ感だ、余計な欲を出してはいけない。もちろんハチドリも撮らなくていい。それは私がすることじゃなくて、他の誰かがすることだから。

*

サラピキに到着して2日目の朝になっても、相変わらず私は、ハチドリに一切カメラを向けようとしなかった。それを一度でもやったら旅が終わる、欲望のままに動くな、わきまえろ、サラピキの空気を楽しめと、自分を戒めていた。さすがは中年だ。まったくもって大人だ。しかし、その冷静沈着な大人の目の前に、台湾から来た見知らぬ人物が現れたことによって、私の心には波風が立つこととなる。

その葉さんという初老の男性は、生物学者でもないのに La Selva のロッジに目をつけ、個人の一般ビジターとして宿泊の予約を入れていた。つまり、私とまったく同じ境遇だった(ちなみに私が滞在した4日間、そのような宿泊客は私と葉さん以外に誰もいなかった)。はじめて葉さんに会ったのは 2 日目の昼食時だ。私は食堂で見かけた彼に、なんとなく挨拶をした。お互いになんとなく自己紹介をしたあと、なんとなく一緒にご飯を食べた。食事中、「葉さんは野生動物を見に来たんですか?」と尋ねた私に、彼は不敵な笑いを浮かべて答えた。「鳥だけです。鳥の写真を撮るために来ました」。葉さんは定年退職後、NIKON D4 と巨大な 600 ミリの単焦点レンズだけをお供に、世界の数十カ国を放浪しながら、ひたすら一人で野鳥を撮影しているアマチュアのカメラマンなのだった。すげえ。なんだ、その夢みたいな老後は。

食事のあとのお茶を飲みはじめたところで、さっそく葉さんは、自分で撮影したという写真を私に見せてくださった。これがお世辞抜きに見事な写真ばかりなので、私はただただ唸るしかなかった。(豆知識:でも、こういうタイプの鳥屋は「写真を見せて」と言ったが最後、時間など忘れて過去数年分の成果を延々と見せようとするから、切り上げるタイミングを上手に見極める必要があるんだ。こういった事故はバンクーバーでもコスタリカでも和田堀公園でも普通に起こる世界共通の現象だから、覚えておくといいぞ)

葉さんの撮る写真は、いかにも野鳥ファンが撮ったような写真──つまりアングルが素直で全身が見やすいけれど、あえて悪く言うなら単調で、のっぺりしがちな写真──ではなく、一つ一つが何らかのテーマに沿って撮られたような、明らかに芸術寄りの、躍動感のある美しい「作品」だった。あまりにも見事だったので、「賞に応募したり、素材として販売したりしないんですか?」と尋ねてみたら、彼は不思議そうな顔で尋ね返したのだった。「何のために?」と。
「……わざわざ応募要項を調べたり、慣れない英文で申込書に記入したりするような時間があったら、私は次の鳥を探して写真を撮りますよ」
そう言って葉さんは笑う。どうやら彼の鳥写真にかける情熱には、プロに評価されたいとか、ちょっとは小銭もほしいとか、そういった世俗的な欲望の付けいる余地すらないようだ。なんだよ、かっこいいじゃねえかよ、爺さん。いちいち羨ましいな。

「それじゃあ葉さんは、とにかく撮りたいから撮るんですね」
「そうですねえ。撮れば撮るほど、もっといい写真を撮りたくなるでしょ。それを繰り返してるだけ。もう止める方法が分からない」
「哺乳類とか、昆虫とかは少しも撮らないんですか?」
「(きっぱりと)少しも興味ない。鳥だけです」
「へー。これまでに何種類ぐらいの鳥を撮影したんでしょうか」
「種類……? 数えたことはないけど」
「じゃあ、『今年は百種類の鳥を撮るぞ!』みたいな目標は作ってないんですね」
「目標は何もない。ただ撮影のたびに、『こういう鳥が、こういう背景で、こういうポーズを取る瞬間を撮りたい』っていうイメージが浮かぶ。それが実現したときの嬉しさったらないですよ。その一枚のためだけに一週間を費やしても惜しくない」
「ふむ……。サラピキでは何を撮影する予定ですか?」
「少し歩いてみたけれど、この感じだとハチドリ一択になりそうですね」
「ハチドリですか。どのハチドリを撮るご予定なんですか?」
「ああ、そういうのは興味ないんです。綺麗なハチドリの姿を撮ることが重要なのです」

お気づきの方もいらっしゃるだろう。葉さんは私と逆のタイプ、つまり前回ご説明した「後者」チームの一員、鳥の名前や素性など知ろうとしないロマンチストだ。彼らは出会いの一瞬の美しさだけで心を奪われることを喜び、そのトキメキの名残りを保管するため、家族から白い目で見られそうなほどの大金を投げ打って、思い出の残り香を美しく保管してはニヤニヤするという厄介な性癖の持ち主である(つまり、どちらのタイプも同じぐらいの変態だと私は思っている。念のために申し上げると、力いっぱい褒めている)。

*

食堂から出た私は、ロッジに向かって歩きながら、単純に、ただ単純に「この美しい森で高性能な機材を使える葉さん」に対する羨ましさを募らせていた。おそらく葉さんは、このあと数日間のうちに、まるでポスターのようなハチドリの作品を撮るだろう。いいなあ。私もハチドリを撮ってみたかったなあ。私は前者チームだから、葉さんみたいに美麗な写真じゃなくていいのに。ただ、「どのハチドリなのかが特定できる写真」さえ撮れれば充分なんだけど。それさえも無理だというのは悲しいよなあ。

あんなカメラとレンズがあったらどんなにいいだろう。いや、それは困る。余裕で新車を買える価格帯のレンズを扱うような度胸など、私は持っていない。あんなの怖くて海外に持ち出せない。それに見合った腕もない。自分が持つべきものだとも思えない。要するに私は人間としてレベルが低いのか。そうかもしれない。いかん、ネガティブな思考になってきた。

その日の午後。気がついたら私は、ハチドリたちが飛翔するエリアへふらふらと向かっていた。そう、コスタリカでハチドリの姿を眺めるのは、けっこう簡単なのだ。彼らは薄暗い森の中ではなく、人も往来する開けた場所に現れ、まさしくハチのようにぶんぶんと飛びまわりながら花の蜜を吸う。彼らの好きな花が生えている場所さえチェックしておけば、探鳥そのものは楽勝だ。ただ、小さすぎて、何がどうなってんのかよく見えないんだけど。

歩き始めて数分後、あっさりとハチドリに会えた。私は「おふざけ」のつもりで、デイパックからカメラを出してみた。葉さんのカメラを見たばかりの状態で手に取った私のカメラは、超豪華客船の内部施設を見学したあとに乗る、足漕式のスワンボートみたいだった。「いやいや、いいんだよ。まったく違うものだから」と自分に言い聞かせつつ、ファインダーを覗いてみた。「あれ、明るい」と思った。光量が充分にある。暗い森の中ではないのだから、当たり前と言えば当たり前だ。しかし、ということは、もしかして、この条件ならシャッタースピードも。いやいや、そんなことは考えちゃいけない。

私はそのままカメラを構えてみた。ちょこまかと飛び回るハチドリを追うのは、想像どおりの難しさだった。やっぱり無理だわねと思いきや、数十秒も行動を見ていれば、だいたいのパターンが読めてきて、するっとファインダの中央にハチドリが入るようになった。これは意外だった。「いやいや、だからって撮れるわけじゃないでしょうよ」と興奮を抑えながらも、ついに我慢できなくなった私は 2 回だけシャッターを切った。

s-P1040123

初撮影。非常に見づらいけど、暗くて何だか分からないけど、ハチドリだと言ったらハチドリなのだ。だってハチドリだったもん。(残念ながら種別は判定できない)

s-P1040124

露出を変えて撮った 2 枚目。今度はアングルが悪い。痛しかゆし。

やはり全然うまく行かない。ものすごく小さい。障害物だらけだし、ぼやけている。ひどいもんだ。それでもなお「想像していたよりは、かなりマシな初体験」だったことに私は驚いていた。少なくとも、ここに鳥がいるってことは分かるぞ。もっとこう、心霊写真みたいな、薄い緑色の影が小さく横切っているだけの絵になると思ったのに。おかしい。なんだ。この、大きな伸びしろを垣間見たかのような強い確信はなんだ。

「……これ、何時間か粘れば、結構いけるんじゃないのか」と。そんなことを少しだけ思いながらも、その時の私は、決して深追いをすることなく黙ってカメラをしまったのだった。まったくもって大人だ。なにしろ中年だからな。

つづく

◇おまけ

上に掲載した「失敗例」 の 2 枚目にぼんやりと写っている Golden-hooded tanager の撮り直しバージョン(クリックで拡大します)。すごく見づらい写真ではあるけれど、「ごちゃごちゃした小枝の向こう側にいる鳥を覗きこもうとした私が、首を伸ばしながら格闘して、ようやくフォーカスを合わせてみたら、ちょうどあちらも同じように私を覗き込んでいた」という記念の一枚なので載せてみた。

s-P1040447

個性的で美しい配色だと思う。普通の人間に塗り絵をやらせたら、頬の部分に、こんな独特の青は使わないだろう。