私の大好きなベトナム料理店は、何を食べても私好みで、チップを払っても10ドル以下で食事できる。バンクーバーの相場を考えれば、非常に良心的な店だ。それでもなお、明日の見えないフリーランス(しかもアジア系の移民)にとっては、外食すること自体に勇気が必要となる。せっかく覚悟を決めて外食するなら、その貴重な機会は大好きな店に捧げたい。
というわけで、これまでの私は、わざわざ「フィリピン料理のお店に入ってみたいなあ」などと考えたことが一度もなかった。あえて高い金を支払って、勝ち目の薄いギャンブルをする必要はどこにもないだろうと思っていた。それを「勝ち目の薄いギャンブル」と表現した私は、要するにフィリピン料理というものに対して偏見を持っていた。日本人の味覚に合わないのだと決めてかかっていた。
このような偏見を抱いたのには理由がある。東京の中途半端な繁華街に行けば、フィリピン人のお姉さんたちがたくさん働いている様子が見られるのに、その周辺でフィリピン料理のレストランを見た記憶がなかったせいだ。ある程度の移民が集まれば、その国の料理店ができるのが普通だろう。フィリピーノさんたちは確かにいるのに変じゃないか。料理の名前も「アドボ」と「ハロハロ」ぐらいしか聞いたことがない。つまり日本人の好みに合わないから、ここでは定着しなかったということなのだろうと。私はそのように考えていた。
人種のモザイクと呼ばれるバンクーバーでも、フィリピン料理のレストランというものは、つい最近まで見たことがなかった。イラン料理店も、ジャマイカ料理店も、エチオピア料理店も、ブラジル料理店も、この街では大して珍しくない。しかしフィリピン料理店の噂は聞いたことがなかった。バンクーバーにはフィリピンから移民して働いているナースやベビーシッターが大勢いることを考えれば、それは少々不自然でもあった。
だから私は、浅はかにも、以下のような失礼きわまりない仮説を立ててしまっていたのだ。
- おそらく日本人に限らず、多くの国の人々にとって、フィリピン料理というのはあまりぱっとしない料理、あるいは味覚に合わない料理なのだろう。そうでなければ、レストランの記事を依頼されていた頃に、『フィリピン料理なら××が最高!』みたいな噂を各方面から(聞きたくなくとも)聞かされていたはずだ。
- これだけフィリピンからの移民がいるのに、フィリピン料理店が流行らないというのは、もしかしたらフィリピン人の皆さんにとってさえ、それはあまり魅力のない料理なのではないだろうか。彼らはバンクーバーで『もっと美味しいもの』に出会って、そちらに流れてしまっているのではないだろうか。
それは本当に、本当に浅はかで無知で恥ずかしい勘違いだということに私が気づいたのは、この町に移住してから4年目の夏、ほんの数週間前のことだった。 (まだ続く)