文書の整理をしていたはずだった。なんとなく口寂しいと思った私は、友人から貰ったチョコレートの封を開けた。そのとき、ふと「お父さんは心配症」のバレンタインの回を思い出した。いまは手元にないけれど、かなりしつこく読み込んだせいで、だいたいのページ構成とセリフを思い出すことができる。全体的に、大きな曲線を使った絵が多かった回だったように思う。
あれは本当に面白かった。典子が北野くんにプレゼントしたチョコレートを見ただけで、免疫のないクラスメイトたちは死んでしまうのだ。そのような設定が、わずか数行のセリフで説明されたときに「ああ死んでしまうのか、それは仕方ないなあ」と納得できるような漫画なんて他にあるだろうか。ついでにいえば、どう見ても「集団強姦」のメタファだとしか思えないようなコマが複数あった。小学校低学年の女児が読む漫画雑誌に、あのようなものが掲載されていたのは本当にすごい。
たいへん懐かしかったので、一コマ目から丁寧に思い出したあと、「あの眼鏡キャラが強烈だった」とか、「そういえば典子は最初に登場してるだけだな」とか、「『人気エピソードランキング』の統計を取ったら、おそらく10位以内に入る回なんじゃないだろうか」とか、「お父さんは心配症を読んでるときって、このままずっと、このエピソードが終わらなきゃいいのにって切なくなるんだよな、あれ何だったんだろう」とか考えたりしているうちに、およそ2時間が経過していた。なにもしないまま2時間が過ぎた。チョコレートを口に入れることすらしていなかった。恐ろしい。まったく恐ろしいことだ。