Filipino Food 4

どう言えばいいのだろう。そのフィリピン料理店の客は、みんな「当たり前のように、そこにいる」といった表情でメシを食べていた。浮っついてるカップルも、友達とのお喋りを楽しんでいる若者も、楽しそうなファミリーもいない。ただ、「食事の時間になったから、ここにきて食べている。何も特別ではない、当たり前のこと」といった雰囲気の客ばかりなのだ。その空気をびしびしと感じたとき、私の頭には「学食のようだ」という表現しか浮かばなかった。もちろん、それは最大級の褒め言葉である。
(ちなみにフードコートの場合、そこには「達観」が漂っていると私は思う。時間がないから、高い店に行くほど裕福ではないから、弁当を持ってこられなかったから、もう食事にそれほど興味もないからそこにいる、といった空気を感じる。それはそれで潔い。決して嫌いではない。しかし私はそれを心から愛することができない。)

その小さな店内の、所せましと並んだテーブル席の向こうには配膳カウンターがあって、トレーを持った客が2人だけ並んでいた。ちょっと見渡してみたのだが、どうやらメニューも価格表もないようだ。

「あそこで、おかずを選ぶんだよ」

Aに説明されるままカウンターに進んだ私は、そこに並んでいる10品~12品ほどのおかずを見た。肉と野菜の煮物のようなもの、魚を揚げて何かを絡めたようなもの、なんだか分からないけどシチューっぽいもの、様々なおかずが金属製の四角い器におさまっている。どれも旨そうだ。私は、生まれて初めてサーティーワンに入った女子高生のようにときめきつつも、無言のまま悩んでいた。これは甘いのか、辛いのか、しょっぱいのか。どれだ。どれにすればいいんだ。

私の前に並んだAは、店員に何を選ぶのかを尋ねられ、大きな焼き魚(豆鼓のソースがかかっている)を指でさした。すぐさま魚を皿に乗せた店員のおばちゃんは、続いてスープをよそいはじめる。「スープとごはんは自動的につくんだよ」とAが説明してくれた。

「……自動的に」

このようなシステムを表現する際に、automatically という単語を選ぶのは正しいのだろうか? そんなことを疑問に思いつつ、私は彼女の言葉を鸚鵡返ししていた。その表現が正しいのか正しくないのかは分からない。しかし、スープとごはんが勝手についてくるのは正義だ。

「どれ?」

おばちゃんに声をかけられる。気がつけば私の番になっていた。私は「これ、お願いします」と言いながら、肉と野菜を白っぽい汁で煮たような風体のおかずを指さした。味がまったく想像できない。でも不思議と不安はない。おばちゃんは、そのおかずを小さなボウルによそってくれる。ああ、ちょっと少なめだ。おかずが少なめの食事は本当に嬉しい。私は、少ないおかずを大量の炭水化物に合わせるのが大好きなのだ。にやける私に、おばちゃんはスープをよそいながら尋ねた。

「ごはんは?」

あれ、勝手についてくるんじゃなかったのか。

「ほしいです」
「いや、ごはんの量は?」

おばちゃんが、今度は分かりやすく質問してくれる。しかし、ごはんの量というのは、どうやって指定すればよいのだ。基準が分からない。私は黙ってAのトレイを見た。そこにちょこんと盛られたごはんは、お茶碗なら一膳強ぐらいだ。私にとっては絶望的に足りない。これは「多めにしてください」で解決する問題ではない。

「ごはん2つにしてください」
「2つ? 多くていいのね」
「彼女の2倍ください(Aのトレイを指して)」
「OK」

追加のごはんの料金がいくらになるのかも分からないし、そもそもおかずの値段も分からない。それでも私はAを信じよう。彼女とメシを食いに行って、高ぇなあと思ったことは一度もないのだから、きっと税込でも12ドル以内でおさまるはずだ。さあ、どこからでも来い。私が緊張の面持で財布を出したとき、おばちゃんは言った。

「Six seven five」
「……pardon?」

意味が分からなかった。6-7-5ってなんだ。そんな数字の読み方は聞いたことがない。何の暗号だ。Aはすでに会計を済ませて席についている。どうしよう。混乱する私の耳に、おばちゃんの二度目のコールが届く。

「6ドル75セント」
「は?」

今度は日本語で返事をしていた。聞き間違いだと思って、念のため20ドル札を渡したら、お釣りは13ドル25セントだった。本当に6ドル75セントだ。これはバンクーバーの外食の値段ではない。そこいらのフードコートの中華よりも安いじゃないか。マクドナルドのビッグマックセットでさえ、税込で8ドル40セント取られるんだぞ。この値段で、チップを入れる箱すらないというのは、いったいどういうことなんだ。

「こっちだよ」

Aが私に声をかける。私は席に座りながら、罪を告白するような口調で呟いていた。

「私、6ドル75セントしか払ってない」
「私もだよ。どれを選んでも料金は同じだから」
「ごはん2つでも?」
「ああ本当だ。関係ないんだね。これ、ちょっと大きすぎるから少し食べて」

Aは楽しそうに、魚の料理をトレイの外に出す。驚きでぼんやりとしていた私も、あわててシチューをトレイの外に出した。

(まだ続く)