さんざん引っ張ってしまったけれど、このときの私たちが食べた昼食は、こんな感じだった。
初めてのフィリピン料理は、驚くほど「普通に美味しい」ものだった。エスニック料理を食べているという感じがしない。刺激の少ない、とても優しい味だ。香辛料や調味料のけばけばしさがないせいか、魚や肉や野菜の味が分かりやすい。それでいて「天然素材の味を生かしてます!」と押しつけがましく訴えるほどの薄味ではない。南国っぽいというよりは、むしろ和食の家庭料理に近い、おっとりとした風味だ。
特に魚料理は、懐かしいぐらいに素朴な味だった。表面がパリっとするよう強火で調理された魚に、少し甘辛いあんかけが馴染む。カナダのシーフードレストランにありがちな、魚臭さを消すためのハーブやワインが使われていないせいだろうか、この味を米と一緒にわしわし食べはじめると止まらなくなる。
私の選んだ肉料理は、小さ目に切り分けられた豚バラ肉、さやいんげんをココナッツミルクと魚醤入りの汁でさっと煮たような感じのものだった。たいへんシンプルで旨い。スープは大根に似たラディッシュ系の野菜と、大根の葉な青菜がクタクタになるまで煮込まれたスープだった。なんということはない。なんということがないのが嬉しい。
全体的に、騒ぎ立てるほど美味しくはないけれど、ちょうどいい具合に美味しい。日本で言うなら、「この近所でいちばん好きな定食屋さん」みたいな味だ。駅前の吉野家で牛丼の大盛りを食べるよりは120円高くなるけど、ファミレスよりはるかに旨くて安くて満足できる、ぐらいの存在。あるいは、営業先の担当者さんのご厚意で社食メシを食べる機会にあずかったとき、「なんだよ。ここの社食、かなりいけるじゃねえか。これでワンコインってのはズルいわ、これだったら毎日でも食べるわ。なんだよもう、転職したくなってきたじゃん」と軽く腹を立てるぐらいの存在。
これぐらいがいい。私は、これぐらいが一番いいのだ。
(あと一回だけ続く)