ハチドリ大作戦(その 3)

前回のつづき】

私と葉さんは、その日の夕方にも、食堂で鳥とカメラの話をした。私が昔、OEMの 400 ミリ単焦点レンズを購入して知床へ行ったという話をしたら、葉さんは非常に驚いていた。

「それなのに一眼をやめた? もっといい機材がほしくならなかった?」
「いや、あんまり時間を取れなくなっちゃったし、得意じゃないことも分かったし」
「信じられない。いまさら鳥を撮らずに我慢できるのか?」
「……一応、撮ってますけど」
「撮ってるって。それで撮るのか。わざわざコスタリカまで来たのに、それは辛いだろ。一眼で単焦点の超望遠を使った経験があるなら、ますます不自由だろ」
「そうですねえ、うーん」

なるべく失礼にならないような言葉を、私は必死で選んでいた。おそらく葉さんは、「良い機材で、良い鳥の写真を撮ること」に残りの人生の全てを賭けている。それを少しでも安く見積もるようなことは言いたくなかった。まして「うるせえ、所詮は金持ちの道楽に勝てねえんだって、こっちは成人する前に思い知らされてんだよ、しかも無名のフリーランスなんだから、退職金を貰えるあんたとは立場が違うんだよ、第一な、こっちは写真を撮りたくて鳥を見てるわけじゃない、会いたい鳥に会うのが最大の目的なんだ。あんた、さっきから聞いてりゃ、鳥の名前ぜんぜん知らねえし、見分けてねえじゃん。そんな相手を撮影するのは、モーターショーのコンパニオン撮ってるようなもんだろ、アイドルの撮影会ですらないだろ、そんなんで本当に鳥が好きなのかよ」などと言えるはずもなかった。こうして私たちの会話は一見、和気藹々とした雰囲気でありながらも、互いに認識できる細くて深い溝を残したまま、しばらく続けられたのだった。

*

サラピキ 3 日目にあたる翌日の朝 6 時ごろ。私は、虫のようなサイズの鳥に、自分の胴体より太いレンズを向けている男性の姿を見かけた。もちろん葉さんだ。

「ハチドリ撮ってるんですか?」
「うん。あのハチドリ。このあたりをずっと行ったり来たりしてるよ。友達になった。もう僕を警戒してない」
「ははは、いいですね」
「撮った写真、見たい?」

葉さんは挑発的に笑う。私は正直なところ、見たいような、見たくないような気分だった。それでも「見たい」ほうの欲望に負けた私は、葉さんのカメラの LCD を覗き込んだ。すごかった。くらくらするほどの鮮明さで、まさに花の蜜を吸おうとする瞬間のハチドリを捕らえている。尾羽の一枚一枚が美しく広がっている。なんだこれは。これが大きいサイズで印刷されたらどうなるんだ。

「きれいだろー」
「すごい」
「君のカメラじゃ撮れないよ?」
「知ってるよ」
「もっと見る?」
「……もう見ない」

別に喧嘩をしているわけではない。これは「鳥を愛するもの同士でありながら、愛し方が異なるバーダー同士」の軽口だ。

その後、あまり距離のないトレイルでイグアナやトンボを観察したあと、私は Wi-Fi の繋がる食堂で仕事を開始した。しばらくすると昼食の配膳の時間になった。私は食事を受け取ってテーブルの上に置いた。なんとなくそれを記録しておきたくなったので、カメラを構えたところに葉さんが現れて言った。

「ランチ撮ってるの? 女の子はそういうの好きだよねー」

葉さんに悪気がないことは分かっていた。しかし私は、ちょっとカチンと来た。半分は、悔しさ故の八つ当たりだ。

「そうです、ランチを手軽に撮れるカメラですから」
「ははは。鳥用じゃないね」
「分かってますってば。葉さんみたいな写真が撮れるとは思ってません」
「いいレンズ買いなよ。なんで買わないの」
「買えるものなら、誰だって買いますよ、葉さんみたいなレンズを!」
「そうかな。僕は定年なんて待たずに、早く買えば良かったと思ってる。もっと体力があるうちに欲しかった。みんなも早く買えばいいのにと思う。僕はこのレンズを買ってから20万枚以上、鳥の写真を撮ったよ。一枚あたりで計算したらいくらになる? 死ぬまで撮るつもりだから、これからもどんどん下がる。もっと早く使っていれば、もっと安くなった」
「……」
「10万円でカメラとレンズを買っても、気に入らない写真を何千枚か残して、そのあと捨てる人もいるでしょ。そっちのほうが、ずっと贅沢だと思うな」
「……むう」
「何台も買うより、好条件で撮れるのを一つだけ買うほうがいいよ。いいレンズは本当に一生モノだから。早くこっちに来なよ。君の年なら、死ぬまでに50万枚は撮れるかもしれない。100万枚かもしれない」
「……」

いやなことに気づいてしまった。彼の言うことが正しいかどうか以前の問題として。たとえ充分な資金があったとしても、きっと私には「それを買って扱う度胸」がない。おそらく私は、最初から自分に言い訳しやすいコンデジを使っている。良質な一眼のカメラと高級レンズがあれば、本当はいい写真を撮れるんだと思うことで、どこか安心している部分がある。そのぬるま湯の中で他人を妬むのか。くそう、なんて格好悪いのだ。

その点、葉さんは格好いい。この人は、「もう言い訳ができないレンズ」を使ってる。卑屈さが一切ない。彼が背負っているのは、腰を痛めそうなクソ重いレンズと、クソ重い三脚だけではない。「そのレンズを買ってしまったら、それに見合う写真を撮らなければならない」という重圧を自分の意思で引き受けているのだ。強い。どこをとっても勝ち目がないじゃないか。

「……」
「いい写真を撮って自慢しあおうよ。楽しいぞ。君のカメラは玩具(Toy)じゃないか。それは、ランチの写真を Facebook に投稿するためのカメラだよ」
「そうですね、分かっています、これは玩具です」

そう言ったとき、さすがに何かが違うと思った。違う。たとえどんなに卑屈になっても、私は自分の愛機を侮蔑してはならない。

そうだ。私のカメラは玩具ではない。「単焦点の描写力なんて望まないから、一眼のキビキビとした操作性もあきらめるから、600 ミリ相当の超望遠ズームと、F2.8 の明るさを実現する LEICA のレンズを 5 万円で楽しみたいなあ、なおかつ、できれば手持ちでも撮影したいのだよなあ」という、まったく常軌を逸しているとしか思えないバーダーの夢、まるで「わざわざ宝くじを買ったんだからさ、6 億円は無理だとしても、6 万円ぐらい当たってくれないと困っちゃうんだよね」とでもいうかのような戯言を、なんだか素敵に叶えてくれるコンデジなのだ。

そのうえ、このカメラなら一緒に何キロでも歩ける、山にも登れる。万が一「落とす」「壊す」「盗まれる」などの事故が発生しても首を吊るほどの値段ではない、だからこそ苛酷な環境下でも連れていけた、小さくて頼もしい相棒のようなカメラだ。他人に「玩具」と言われるのは仕方ないとしても、その意見に同調してはいけない。それは、頭のおかしい庶民の夢を叶えてくれた恩人に対する裏切りだろう。

「……でも、このカメラ、けっこう面白いんですよ」

それだけ言って、私は黙々と昼食を食べ始めた。食べながら考えた。私には、この「値段に見合わないアビリティを持った化け物っぽいコンデジ」を最大限に生かしているという自信がない。だから自分の言葉に説得力を感じられない。なにしろ私自身、このカメラを「憧れのハチドリとの出会いには使えない」と勝手に評価していたのだ。これは埋め合わせをしなければなるまい。

よし、遊びはここまでだ。私はハチドリを撮ろう。「このカメラでは撮れない」と決めつけて逃げてきたハチドリを撮ろう。葉さんからは笑われるレベルだとしても、せめて私が「ハチドリに会えた」という喜びを感じられるような写真を一枚でも撮ろう。撮るといったら撮るのだ。言っとくけど F2.8 だよ。撮れないわけないだろ。ハチドリ禁止? 笑わせんな、誰が決めたんだ。時間の無駄? 上等だ。物足りなければ、また来ればいい。おこがましい? うるせえ、こっちだってな、カメラマンみたいに高尚な仕事じゃねぇけどな、それなりに泥水すするような働き方してんだ、こんなところまでラップトップ持ってきて生き延びてんだ、いちいち萎縮してらんねぇんだよ。

その日の午後。私は前日と同じスポットへ向かった。すっかり息巻いて挑んだものの、本当は自信がなかった。昨日より良い写真を撮れるのだろうか。あの程度でもビギナーズラックだったのかもしれない。昨日はたまたま撮れただけだったのかもしれない。そんなことを考えながら数十分間、露出を調整したり、障害物の重ならない角度を見繕ったりしながらうろうろしていた私の耳に、細い鳴き声が響いた。目を向けると、一羽のハチドリが留まっていた。けっこう近い。位置と光の条件も悪くない、と思ったとたんに飛び立ってしまった。しかし一つの花の周辺を行ったり戻ったりしている。そのハチドリが止まったところだけを狙って、何枚か撮ってみた。

s-P1040576
あれ、撮れるぞ。

撮影しながら思った。これは昨日よりマシな写真になりそうだ。しかし私は「種を特定すること」で鳥欲を満たすタイプの人間だ。相手が誰なのか判別できないのは辛い。「背中が緑ベースで、下に向かってグラデーションが濃くなる、尾が黒っぽいハチドリ」なんて何種類もいる。その全部の名前は記憶してないし、細かい見分け方も覚えてない。今夜ロッジに戻ってから、この写真と図鑑を比べてみても、どのハチドリだったか分からないまま終わりそうな気がする。これは精神的にキツいぞ。そう思っていたとき、

s-P1040574
「俺だよ、俺」

ファインダの中のハチドリが頭を掻いた。その足がピンク色だった。こちらの全身にざっと鳥肌が立った。コスタリカの鳥類図鑑を見る限り、こんな足のハチドリは 1 種か 2 種しかいなかった。この組み合わせなら知ってる。覚えてる。あの野鳥図鑑、ハチドリの紹介セクションを頭から4ページぐらいめくったあたりが、これ系統のハチドリのページで、その上から2番目、「pinkish red feet」って、特徴がボールド体で書かれていた、あのハチドリは

「Bronze-tailed plumeleteer だ」

私は現物のハチドリを見ながら、そのハチドリの名前を口に出すことができた。それが本当に嬉しかった。唇を噛みしめても噛みしめても、顔がニヤけて仕方なかった。自分でも気持ち悪いとは思っていた。

*

この写真を撮ってから数十分後には雨が降り出し、そのまま激しい豪雨になったので、その日の撮影は中断したけれど。Bronze-tailed plumeleteer の頭掻き事件によって「ハチドリ禁止令」が完全に廃止された私の脳内では、ひとつの決意が固まっていた。

明日の昼過ぎにはサラピキを去らなければならない。それならば私は、午前の数時間をハチドリの撮影に費やそう。「コンデジにしちゃ上等と思えるぐらいの、種の特定もできる、ちょいと素敵なハチドリの写真」を一枚でもいいから残すのだ。撮れるのか? 撮れるに決まっている。なにしろ私のカメラは玩具ではないのだ。言っとくけど全域 F2.8 だよ。

(まだつづく

◇おことわり

この文章を読むと、嫌味な金持ちみたいに思われるかもしれないけど、葉さんは本当に気さくなナイスガイで、とても面白くて親切な人だった。「早くこっちにおいで、一緒に遊ぼう」と誘ってくれる人だった。バズーカ級のレンズを持つシニアのバーダーにしては、たいへん社交的な紳士だったと思う。

α7700i を手に入れる前、父の友人から貸してもらった α7000(+70-210ズーム)を持って、カワセミのいる和田堀公園を訪れては『絹目で現像したら9ドット分ぐらいになる茶と青の影』を撮って喜んでいた。そんな無邪気な子供だった頃の私は、その池に365日ずっと貼り付いているようなシニアバズーカ軍団から、徹底的に絡まれ、蔑まれ、嘲笑されていた。別にいいでしょう、もう放っておいてくださいという願いは一度も聞き入れられなかった。あれは、いま思い出しても「大人の集団による子供の虐め」だった。彼らは、相手が女でも中高生でも決して容赦しなかったのだ。このときの屈辱は、いつか別の機会に記そう。

もちろん、バズーカシニアが悪い人ばかりでないのは知っているけれど、私はいまだに、あいつらのせいでバズーカシニアを怖がっている。本当は。